戦国史

戦国史

第11話:毛利元就、陶晴賢と断交す(=防芸引分)

【1552年(天文21年)1月】 志川瀧山城の攻略に成功。 志川滝山城は戦国時代に備後国で一大勢力を誇っていた国人「宮氏」によって築かれたといわれ、神辺平野の北部、芦田川水系四川の水源地に近い急峻な山中に位置している。「Wikipedia 志川滝山城」 宮氏の現当主は宮景盛。山内氏に奪われた大富山城を奪還すべく奮闘中の模様。 【1552年(天...
戦国史

第10話:剣豪将軍・足利義輝 誕生

【1551年(天文20年)10月】 足利義輝、史実より5年遅れで将軍の座に。 宣教師ルイス・フロイスは、義輝を「とても武勇すぐれて、勇気ある人だった」と評している。剣豪として名を馳せていた塚原卜伝から指導を受けた直弟子の一人である。奥義「一之太刀」を伝授されたという説もあり、武術に優れた人物であったのではないかと言われている。 永禄の変の際、フロ...
戦国史

第9話:大寧寺の変 勃発とそれに続く混乱

【1551年(天文20年)8月】 銀山城を落としてホッとしたのもつかの間、予定どおりというか「大寧寺の変」勃発。 さて、どのような結果になったのか、マップを眺めてみる。 ★安芸 ★備後 ★石見 旧大内領がすべて陶家の領土になり、大内に従属・臣従していた大名は独立した模様。で、毛利とそれらの勢力との関係は「無関係」つまり「敵対」状態...
戦国史

第8話:備後・銀山城を攻略

【1551年(天文20年)3月】 蝦夷松前に交易船を送れるようになった。月あたりの利益額が大きいので、ありがたい。 農耕民族の和人と狩猟採集民族のアイヌは、それぞれの生活様式によって確保した生産物を交易で交換した。アイヌは魚や毛皮を輸出品目とし、和人の生産する道具(鉄器や漆器)や嗜好品(米、茶、酒)と交換した。Wikipedia「アイヌの歴史」 今、気...
戦国史

第7話:石見小笠原家の雲井城・温湯城を攻略

【1550年(天文19年)8月】 前月の重富城攻略戦で捕虜にした武将たちの様子をうかがってみると… そろって「登用拒否」。ま、そりゃそうだよな。腐っても鯛、出雲守護代を務めた名門だよ。 重富城を落とした勢いに乗って、石見小笠原家の雲井城攻略に着手。あまり関係ないかもしれないけど「大寧寺の変」発生前に雲井城と温湯城は手に入れておきたい。 第一次野戦は、言...
戦国史

第6話:尼子家当主・尼子晴久が捕虜に…

【1550年(天文19年)5月】 三原城からは博多にも交易船を派遣できるようだけど、堺よりも時間がかかる上に(予想)利益も少ない。三原-博多間の方が若干距離は長いとはいえ、これじゃあちょっとね。堺との交易に専念しよう。 石見中部は計算どおりの展開に。 それでは、いざ出陣! 【1550年(天文19年)7月】 3ヶ月足らずの兵糧攻めの結...
戦国史

第5話:沼田小早川家を併呑

【1550年(天文19年)4月】 待望の沼田小早川家併呑イベント発生! 沼田(小早川家)の当主だった繁平はこの年9歳。父の正平が富田の陣(第一次月山富田城の戦い)で戦死したため、幼くして家を継いでいたのだが、眼病を患い、このころに失明していたとされる。 先行きに不安を感じた沼田重臣の乃美隆興・景興父子や椋梨盛平らは、繁平を廃して隆景を繁平の妹(問...
戦国史

第4話:織田信長の登場と西国情勢

【1549年(天文18年)1月】 年が改まったところで、この男が表舞台に姿を現しました。 交易船が肥前平戸から帰港。 派遣費用が1000貫×2隻=2000貫で、収益2320貫なので、320貫の黒字。よしよし。 【1549年(天文18年)2月】 大内義隆に従属する福屋隆兼の石見・三子山城が尼子勢に…。尼子がこの城を奪うと厄介なことにな...
戦国史

第3話:財政改革の切り札=交易船建造と派遣

【1548年(天文17年)9月】 おお、豊作だ。枯渇寸前だった資金(681)が31427に増えた。ところで、貨幣単位は「貫」でいいのかな? 備後で早くもいくつかの攻城戦が発生。国竹城の有地隆信が杉原理興らに攻められている。 当家の従属大名なので救援してやりたいのはやまやまだが、経路がつながっていないのでどうしようもない。何とか頑張ってくれ。見守...
戦国史

第2話:沼田小早川家を早く併合してほしい

初めてのシナリオなのでマップを眺めて領国の周囲の状況を確認してみる。 敵の拠点と接しているのは…小倉山城と矢羽(琵琶甲)城。小笠原氏の雲井城と山路で結ばれている。 他には……ちょっと待て。地図を眺めていて厄介なことに気づいた。 木村城・一乗山城・翁山城って孤立してるじゃん。 自勢力の他の城との間に経路がつながっていない。これはマズいな。今のと...
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました