横溝正史『魔女の暦』を読んだ

書評のようなもの

直接的なコロナ騒動の影響というわけではありませんが、ずいぶん間が空いてしまいました。どうも一つのことにじっくり取り組む心境になれず……。

言い訳はさておき、今回は『魔女の暦』。横溝翁お得意(?)の短編の中長編化で、初出は1956年(昭和31年)5月の『小説倶楽部』です。

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報らせを受けて現場に駆けつけた金田一耕助は、思わず「あっ」と声を上げた。舞台中央には、つくり物の蛇の頭髪が揺れ動き、血まみれになった女の生首がころがっていた……。浅草六区のレビュー小屋、紅薔薇座で出演していた、三人の魔女役が次々と惨殺された! 不敵な予告をする犯人「魔女の暦」の狙いは何か? たえず後手に回り苦戦する名探偵の胸に、激しい怒りがこみ上げてきた。

東京人ではない私には「浅草六区」というのが何なのかよくわからなかったので、調べてみました。

浅草公園六区(あさくさこうえんろっく)は、東京都台東区浅草にある歓楽街である。通称、浅草六区または公園六区。「六区」は元々1884年(明治17年)より始まった浅草公園の築造・整備における区画番号の第六区画を指した。

『Wikipedia』より

さて『魔女の暦』事件ですが、時は明記されていないものの本文中に『幽霊男』や『堕ちたる天女』事件への言及があるので、これらよりも後の出来事であることは間違いない。そもそもこの二つの事件の発生時期も明確ではないのですが、作品の発表年も考慮に入れると、おそらく昭和20年代末の事件であろうと思われます。

主な舞台は、前述の浅草六区にあるレビュー劇場「紅薔薇座」。3件の殺人のうち2件までが劇場内で発生(1件は死体発見のみ)。もう1件は(おそらく)現在の豊洲運河にかかる朝凪橋のたもとで死体発見。あと、ちょいネタバレになりますが、犯人の自宅が駒形ということで、関係場所は台東区と江東区に限られていて、面的な広がりはあまりありません。

魔女の暦 地図 - Google マイマップ
横溝正史『魔女の暦』関係の場所

評価

世界観:4点

前述のように事件の舞台が台東区と江東区内に限定されているせいか、やや狭っ苦しさが感じられます。
劇場内での事情聴取の場面は、単調で変化に乏しく、面白くありませんが(事情聴取に面白さを求めるのが無理)、吹矢や鎖、メデューサ(キリシャ神話に登場する怪物)の首といった道具立ては、安定の横溝ワールド。全体を通して漂う猥雑な雰囲気がいい。

ストーリー:3点

展開はオーソドックス。第1の事件発生→捜査→第2の事件発生→捜査→第3の事件発生→捜査→暗中模索→手がかり発見→急展開→解決という、ある意味定番の流れ。

人物造形:3点

登場人物のほとんどが異性関係に自堕落な人間。
推理小説では往々にして登場人物が記号化してしまうきらいがあるけど、意外に(失礼!)横溝翁って人間をよく捉えているな。こんなにごちゃごちゃした登場人物なのに、人物が類型的でない。

サスペンス:4点

殺人事件の前に現れる謎の手。カレンダーに犯行予告を書きつけては焼却してしまう。
映像的にはサスペンスを盛り上げる効果はあるものの、犯人が自分でわざわざ書き記したものを燃やすだけのことであり、トリックとしての意味はない。
カレンダー記述&焼却と殺人との間に時間的な意味があるのかと勘ぐって調べてみた。

第1の事件:5月8日→5月15日
第2の事件:5月30日→5月31日(死体発見は翌6月1日)
第3の事件:6月15日→6月17日

結論を言うと、特に何も仕掛けはなかった。

論理性:3点

ロジカルに詰めていくと、どうしても明確にならない部分が残る。矛盾ではなくて、説明されていない部分。特に第1の事件で、犯人が吹矢の尖端に毒を塗る作業前後の時系列がはっきりしないので、突っ込みようがない。

意外性:3点

ベールで面を覆った女が登場した時点で替玉の疑いが……。

トリック:3点

凶器として吹矢という飛び道具を使うことで“どこかから飛ばされた”という先入観を利用したトリックはよい。しかし第2の事件─霧島ハルミ殺し─でのアリバイトリックは、かなり杜撰。

文章・文体:3点

安定の横溝節。ただ校閲が甘かったのか、いくつかの誤植が見受けられる。
飛鳥京子の男性関係を説明するくだりで

「それというのが嫌味なこと、かさにかかったり金をねだったりしないこと、そういうところに心をひかれてたかもしれません」

ここは文脈的に「嫌味のないこと」?

「さあ、ほかの道中のことはしりません。作者に音楽家……ちょっとあっしとは人種がちがいますからね」

ここは「道中」じゃなくて「連中」の間違いだな。

合計26点/40点満点。

次ページはネタバレです!

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