横溝正史『八つ墓村』を読んだ

書評のようなもの

『犬神家の一族』や『獄門島』と並んで、最も有名な横溝作品と言っても過言ではないでしょう。

映画やドラマでの「祟りじゃ~! 八つ墓の祟りじゃ~!」という台詞が印象的な『八つ墓村』です。

初読は確か中学生の時。当時は人生経験の乏しさゆえか時代背景や登場人物の立場・心情を理解できず、そこまで良い作品とは思えませんでした。

今じっくり読み返してみると、辰弥・鶴子・春代・亀井陽一のその時を生きた人としての息づかいが、実にヴィヴィットに感じられます。悲しくも切ない運命に翻弄された彼らの心情が迫ってくるようで、不覚にも涙がこぼれそうになりました。特に、屏風から取り出された亀井陽一の写真を辰弥が目の当たりして驚愕に打ちのめされる場面は、既読でありながらもハートを揺さぶられます。

その驚愕の余韻も冷めやらぬうちに、辰弥に迫りくる危機。真犯人の策に乗せられて辰弥への憎悪を爆発させた村人たちが寝所に押し寄せ、間一髪、彼は洞窟に逃げ込んで闇の世界の放浪者となることを余儀なくされてしまいます。このテンポというかリズムというか、息もつかせぬ展開を彩る切迫感がすばらしい。そして、洞窟内でのクライマックスから大団円へ。

実に味わい深い名作ですよ、これは。

名作ゆえか、これを原作とする映画が3作品にテレビドラマは7作品。計10回の映像化は、横溝作品の中で最多です。でも私自身は、この中の1作品しか視たことがないんですよね。『横溝正史シリーズⅡ』で故・荻島真一氏が辰弥を演じたバージョン。1時間枠のドラマで全5回の放送だったから、映画の倍ほどの長さで尺で言えば最長でしょう。それでも原作のかなりの部分が改変・カット・簡略化されており、大いに不満の残る内容。

その他は推して知るべし……というと失礼ですが、どうしても視る気になれません。特に、事実上のヒロインである里村典子の存在が軒並み抹消されているのが残念。主人公の辰弥、春代、典子、英泉、完全な脇役であるはずの須磨弁護士、すべてをひっくるめたのが『八つ墓村』なのだ。

結局、この作品は(他の作品も?)脳内映像化がベストなのではないでしょうか。映像作品を手掛けた方には申し訳ないけど。

評価

世界観:5点

舞台となる八つ墓村は、岡山・鳥取県境にある一寒村。岡山県警の磯川警部が捜査を担当することから、岡山県警の管轄で、つまり岡山県に属することがわかる。

八つ墓村に関連して広く紹介されているのが、津山事件のあった岡山県苫田郡西加茂村(現在の津山市加茂町)だとか、映画のロケ地となった高梁市成羽町の広兼邸だが、原作に「(八つ墓村の)近所の新見で牛市が立つときには……」というくだりがあることから、岡山県北の西寄りになる。加えて「岡山で山陽線から伯備線に乗り換えて数時間、Nという駅で私たちが汽車を降りたのは……」という記述から、伯備線のN駅に該当すると思われる「新郷(にいざと)」が最寄り駅ではないか。ここなら、落人伝説のルーツである尼子氏の居城・月山富田城にも近いし。

また新見市には(新郷からは20キロ以上も離れるが)満奇洞、井倉洞といった鍾乳洞がある。横溝翁もそのことを意識して、八つ墓村の場所を設定したのかもしれない。

怪奇趣味全開の鍾乳洞徘徊が、事件の雰囲気にマッチしていて良い。〈鬼火の淵〉に浮かんた小梅様とか、光も差さぬ洞窟の奥で腐乱した久野医師の死体とか、シビレる。

ストーリー:5点

息もつかせぬ矢継ぎ早の展開だが、静と動のリズムが実に小気味よい。横溝翁の真骨頂はやっぱり長編だな。

人物造形:5点

横溝翁の作品の中では、人物がよく描かれているのではないか。特に、辰弥の一人称一視点で物語が展開するため、感情移入できる。
また、春代と典子の存在が殺伐とした事件に潤いを与えてくれる。

サスペンス:5点

やはり「津山事件」をモチーフにした32人殺しが衝撃的。他にも、随所に散りばめられた洞窟や闇がこけおどしにとどまらない旨味を出している。
何気に、屏風の中の人間が抜け出したりする摩訶不思議感も、実に良い。

論理性:3点

梅幸尼と濃茶の尼殺しで、ある人物に強烈な疑惑がかかるところの仕掛けは見事。ただ、全体的に金田一の動きには疑問が残る。

意外性:3点

犠牲者の数が多く(井川丑松、田治見久弥、洪禅、梅幸尼、妙蓮、小梅、久野恒実、田治見春代の8人)、容疑者の線上に浮かんだ人物も途中で殺されてしまうため、終盤になるとある程度犯人は絞られてしまう。

トリックというほどの仕掛けはない。例の殺人計画書(とはいえ、表面に現れるのは氏名が並記されただけの紙片)を提示して、真の犯行動機をカモフラージュしようとするところぐらい。それによってミスリードされるような善良至極な読者もあまりいないと思うが。

文章・文体:4点

安定の横溝節。翁の短編に時折り見られるような、原稿の締切に迫られたせいか書き散らした感の文はない。語り手である辰弥の心情がよく表現されている。

合計33点/40点満点

次ページはネタバレです!

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