第1話:超大型シナリオ「天文戊申」でリプレイ

戦国史

「戦国史」の攻略サイトを眺めていて、実に興味深いシナリオを見つけた。

天文戊申(てんぶんぼしん?)0.12a → 配布先はこちら

城数:1767
大名家数:880
武将数:10444
交易対象諸外国数:40

…というスペックの超大型シナリオです。

「戦国時代を舞台とした史実系シナリオ。瞠目すべき美麗なマツプ、旧字体を用いた人名・地名、そして包囲網イベントは、独特の雰囲気を釀し出す」(原文は旧字体)という謳い文句に惹かれ、サンプルシナリオVer2.0プレイの途中だけど、どうせ時間をかけてやるなら…ということで、1548年(天文17年)8月からスタート。

時の天皇は後奈良天皇。当時、朝廷の財政は窮乏を極めており、天皇自ら直筆の書を売って収入の足しにしていたほどでしたが、後奈良天皇は清廉な人柄で、官位と引換えの献金を突き返したこともあったそうな。

また慈悲深い上に統治者としての責任感も強く、学問への造詣も深かったということで、いや、国を統べるお方には是非ともこうあっていただきたいものです。どっかの国の成金大統領や口先だけのホラ吹き総理や無慈悲なカリアゲに、黄泉の国から天誅を下してくれんものかな。

ちなみに室町幕府の将軍は足利義輝。17年後の1565年(永禄8年)に「永禄の変」で非業の死を遂げられます。

さて、担当する毛利家の現状を確認。

ぱっと見て気がついたのは、井上元兼をはじめとする井上衆の連中がいないということ。どうやら、すでに粛清されてしまってるらしい。

また、熊谷信直や宍戸隆家がそれぞれ熊谷家と宍戸家の当主という表示。両家は毛利家に臣従しているということになる。毛利家の所属じゃないから、自由に徴兵とかできないわけか。当主だから客将として招請もできんし。かなり残念。

ところで、吉川元春に次ぐ[武勇]8の武将・二宮俊実って知らんな。何者だろう?

安芸国国人・吉川氏に仕えた。天文20年(1551年)、大内義隆が家臣の陶隆房の反乱により横死すると(大寧寺の変)、主君・吉川元春の父である毛利元就は陶方に協力し、大内義隆派の西条槌山城を攻撃した。この戦いに俊実は出陣し、攻略に成功している。天文24年(1555年)の厳島の戦いでは吉川軍の主力として奮戦、一時危機に陥った小早川隆景を救援した。その後、敗走する陶軍を追撃し、陶軍の三浦房清を討ち取る勲功を挙げた。

俊実はその後も吉川氏の主力として戦い、その武勇を遺憾なく発揮した。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの後、敗れた毛利氏の移封にともない吉川氏も岩国へ移封されると、これに従った。【Wikipedia 二宮俊実】

なかなか大した武将のようだが、武勇一辺倒の人でもないらしい。のちに吉川広家に依頼されて『二宮俊実覚書』なる書を完成させたが、これが『陰徳記』『陰徳太平記』の基本資料になっているそうで、後世の毛利氏研究にも一役買っているとのこと。

毛利家の軍事力だが、ランキングでいくと足軽兵数が小田原の北条家に次ぐ第4位、騎馬兵数が奥州の伊達家に次ぐ同じく第4位となっている。現有兵力をうまく運用すれば、軍拡を焦る必要はないようだ。

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